東欧型キオスクみたい『字幕:メディチ家が残した「ワインの小窓」 感染症対策で復活 イタリア』2020年9月20日 12:36  発信地:フィレンツェ/イタリア [ イタリア ヨーロッパ ]。

マスクもエタノールもビニールカーテンも使用困難な状況ではこれはナイスアイディアです。

※東欧のキオスクと似てます。あちらは万引き被害等を防止するために店舗の全面をガラスで覆い縦横30cmくらいの小さな穴を通して金銭と商品とを交換する。人間は信頼できないのだ。

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字幕:メディチ家が残した「ワインの小窓」 感染症対策で復活 イタリア

2020年9月20日 12:36 

発信地:フィレンツェ/イタリア [ イタリア ヨーロッパ ]

https://www.afpbb.com/articles/-/3305539?cx_part=common_focus

【9月20日 AFP】疫病によってハエのようにバタバタと人が倒れていった16世紀のフィレンツェ(Florence)で、生き残った人々は小さな窓から出されるワインを飲んで恐怖を紛らわせたという。この窓が、新型コロナウイルスの流行によって復活している。

 高さ30センチ、幅20センチほどの小さな「ワインの窓」は、イタリア・トスカーナ(Tuscan)州の州都フィレンツェの至る所で目にすることができる。貴族の豪邸の表玄関の脇につくられた小窓は、貴族がワインをフラスコに入れて直接顧客に販売するために使われていたが、その後使われなくなった。

 しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック(世界的な大流行)によって、バーなどの店舗がワインの小窓を使ってアペロールスプリッツなどの冷えたカクテルやジェラート、コーヒーなどを提供し始めた。

 ロックダウン(都市封鎖)で大きな影響を受けた飲食店にとって、ワインの小窓はソーシャル・ディスタンシング(対人距離の確保)のルールを守りながら、客を呼ぶための手段となった。

 小窓はペストの流行前から存在していた。ワインの小窓に関する著書のある学者マッシモ・カスプリーニ(Massimo Casprini)氏(78)によると、小窓はフィレンツェ共和国が終わり、権力の座に返り咲いたメディチ(Medici)家によってつくられた。

 有数な政治一族であるメディチ家は、「フィレンツェの大地主たちにオリーブの木とブドウ畑に投資させるため、農業を推奨し…生産物を町で直売する場合は税金を優遇した」とカスプリーニ氏はAFPに説明した。

 地主が販売を許されていたのは自家製造のワインのみで、1回あたり1.4リットルが上限だった。

 しかし、この直売によって中間業者が排除され、「庶民は店頭よりも安価にワインを買えるようになった」という。当時は「ワインの消費量が膨大だった」ため、庶民は大いに節約することができたとカスプリーニ氏は笑顔で話した。

■直接接しないという利点

 ワインの小窓には、ソーシャル・ディスタンシングが確保できるという予想外の利点もあった。

「小窓は木製の羽目板で閉じられていて、客がノッカーでドアをたたくと、中にいるワイン売りが空のボトルにワインを入れてくれた」「つまり、直接接触しない」とカスプリーニ氏は述べた。

 トスカーナ州では、267のワインの小窓が再び使われ始めており、うち149がフィレンツェの中心部にある。

 第2次世界大戦(World War II)で小窓の多くが破壊され、残ったものもつぶして壁にされた。だが、フィレンツェ近郊の風光明媚(めいび)な街フィエーゾレ(Fiesole)で採掘された灰色の砂石や石でつくられた独特の窓枠は今でも見ることができる。

 ワインの小窓で、素晴らしいワインに出会えた飲み手もいた。1982年にフランスで発行されたガイドブックは、世界的に有名なフレスコバルディ(Frescobaldi)のビンテージワインを出すワインの小窓を紹介している。

 ワインの穴という意味の名称を持つ協会「ブケッテ・デル・ビーノ(Le buchette del vino)」は、ワインの小窓の目録を作り、窓に一つ一つ額を付けている。

 映像は、8月12日撮影。(c)AFP / Gildas LE ROUX