いくつになっても過去の文法に悩まされる。

Basic で条件式書いてた時代のそれが染み付いてていくつになっても取れない。毎回試験ランさせて毎回引っかかる。本当毎回。今日も引っ掛かった。もう肉体の限界と割切るしかない。

文法やフレームワーク乗換えられる人間てすごいよなあ。脳や肉体に負荷がかからないのだろうか?

※自動車の右ハンドルと左ハンドル、これも大変です。乗換えるたびにワイパーやウインカーを年中間違える。それらならまだしもコラムシフトまで間違える。不意にバックに入れてしまうときまである(車もエンジンも止まる)。

サイドカーになるとさらに大変。右カーと左カーでアクセルブレーキ体重移動まで全部逆なんだ。曲がろうとしても別カーになると体が勝手に思惑と違う動きをしてしまう。私のそれは右カーだったのだが日本で一般的な左カーに試乗したらコーナーのたびに直進してしまう(※閉鎖環境で試乗)。もう右カーにしか生涯乗れない。逆に乗ると自動的に事故を起こすのだ。

※すぐ気づく乗り物関係でこんな状態なのだから日常言語やプログラム言語においてはかなりの間違いを人々は犯してるはずだ。その間違いは返答がくるまで/誤動作するまで気づかない。誤動作を繰り返して間違ってることを学習する。あるいは他の人々に指摘されて誤操作を確認する。

※仕様がいちいち変更しその度ごとに新しいスキルを学ばなくちゃいけないとか「最低」です。学んだことが無駄になる。単純に無駄になるだけじゃなく頻繁な誤動作の原因となる。毎回馬鹿をみるのだ。そして新環境に適応を試みてもその数年後に再度の仕様変更。適応努力は徒労となる。人間の脳を無駄にしているとしか思えない。コンピュータや機材は適応を進めてるとしても人間の適応が進まない。

※古い車や古い自転車や古い操作系をもつカメラや旧式の住居は楽です。新仕様を学ぶ必要がない。一度身体に染み込ませれば無意識に操作できる。これらがいちいち仕様変更してたら交通事故の元です。

※自分においてはプログラム言語も現在使ってるものがおそらく最後のそれだろう。他の言語の学習は混乱を招くだけだ。無駄でしかない。パフォーマンスは上がらない。他人には他の言語を勧めるとしても自分がするならこれで決めるしかない。