講談社 コミックデイズ『侠飯』薩美佑/福澤徹三。堂々と丸元淑生を完コピする。全文同じで驚くの巻き。

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こらっ。

仕方ないなあ。でもいまの人がこういうの知らないのはごく当たり前なのかも知れませんね。25年は前なのだ。

またメジャー系のそれらを当たるのもしょうがないかもしれない。歴史的に回顧できる量は限られる。当時グルメ本は爆発的に売れていた。猛然と存在した。バブル直後です。リッチな食事栄養価の高い食事珍しい食事のニーズがあった。それを名だたる書き手が書きに書く。腰が抜けるほど面白い。現在の手法=コミックのように絵やシチュエーションや物語を経由して読ませるのでなく、純粋に文章でを用いてそのうまさや価値感を読者の内部に穿ってしまうのです。

ところが現代から検索できる作品となると丸元淑生他一部のものに限られる。あれほどすごい、おそろしい作品がごろごろあったのに、多くは時間の流れの中で消えてしまったのです。

もったいないなー。宝の山なのに。

※ ちなみに画像で言ってる冷や飯は単品では完結しません。冷えた米の飯がうまいわけがない。これと合わせるのは舌が焼けるほどの熱いみそ汁。それも空汁(具のないみそ汁)。坊さんはそう主張していた。丸元淑生も同意。温かいからうまいのである(つまり部分的に取り上げてそれで判断する侠飯の見方はおかしい。読者がそのまま引用して喋ったり真似したりしたらどうするんだろう?)。

※ りんごにチーズはさんでますが、こういうのも珍味系であり、現代料理の面白ければいいというあり方そのままです。りんごといえば焼きリンゴであり中をくり抜いてバターとシナモンを振る。「そんなの当たり前じゃねえか」ところが侠飯の主人公はその当たり前のことができないのだ。

何でそこに珍味系から入るのか? 現代の人間がいかに奇跡を求めてるかということである。