日本の戦後ベビーブームは自然増だったのか。あるいは現代の「性教育」とはいったい何か?

日経サイエンスの古い記事になりますが。アフリカでの人口爆発を防ぐための手法として母乳育児が推奨されていた時代がありました。母乳で育てるとその間母体は妊娠しにくいらしいのです。

自然状態でヒトの女性は平均して4人の子を産み成人まで成長するのは2人である(半数は七五三の年齢までに自然死)。つまり増えにくい。

この状態で子供のためを思って慈善団体が粉ミルク等を支給すると子供の世話が終了したものと母体は理解して妊娠可能な状態となる。出生率は大幅に増大する。この新生児爆発で食糧が不足し危機的状況に陥る。人口増を抑えるには避妊具の配布より母乳育児の徹底であるというのです。

ニュージーランドの鳥類カカポが増えにくい種として知られていますがヒトの増殖率もナチュラルには似たようなものであった。フランスもロシアも、ナポレオン戦争第二次世界大戦等で男性を徴兵し摩滅させるほどの消耗戦を行なった後ではその人口はなかなか回復しなかった。双方とも国力を喪失した。その危機は100年レベルで続いている。

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日本と米国は人口を回復したという。両国とも戦後にはベビーブームが起きたのです。

なぜか人間の自然状態でのポテンシャルであると理解された。人類を増やすために手段が必要であるとは理解されなかった。それはもしかしたら戦前のカルチャーが敗戦もしくはマスメディアの普及によって忘却されてしまったからかもしれない。

戦前に教育を受けた世代が戦後に子作りをしたのです。だからベビーブームが起きた。

その成果を(人口増を)「戦後」のものとして理解したことが我が国の誤解の最大のものであった。

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私の家族ですが、曽祖母の産んだ子の数は3人。しかし祖母は5人出産した。祖母の出産は戦前から戦後にかけてです。

第二次大戦のその前の時代にかけて我が国では「産めよ増やせよ」と国策として出産を奨励していました。5人産むと褒賞されるのです。その目標値に向けて各自頑張る。現代の学校での進学率向上に類する期待が若い女性にかけられていた。

自然状態ではなく「頑張り」の結果だった。努力の結果だった。教育の結果だった。戦前にそれが行われた。だから戦後に出産されたのです。戦前教育のせいなのです。

それを戦後の団塊世代ベビーブーマー)たちは戦後の成果であると理解した。自身たちの能力であると理解した(なんで? それは大正生まれの親世代の能力であるのに)。本当にだめである。

もし日本で日本人の人口増を期待するのなら自然増に任せていたのでは無理でしょう。フランスやロシアを見れば先ず絶対に不可能だ。

戦前文化を発掘し、何が行われていたのかを理解して実行するしか手段はないのである(戦前の教育の内容としてそれが執行されたから人口が増えたのであって、教育内容の損失が戦後の損失に繋がったのである)。

※ いわゆる性教育ではないと思います。

※ 憶測ですが裁縫や料理等を志向する教育、再生産性を高めるものへの志向を盛り込む教育だったのではないか。いわゆる良妻賢母教育。卑近な例で申し訳ないのですが、明治生まれの曾祖母は歌や芸能が大好きであったのに対し、大正生まれの祖母はお裁縫ばっかりしてたのです。

※ 戦前でも普通教育が実施されていましたが教育率は100パーセントではなかった。100パーセントとなるのは戦後に給食が支給されて以降です。それ以前の学校では児童生徒が小学校の時点から脱落し労働へと向かうのは普通であった。戦後はドロップアウトを起こさないことが先ず目標とされた。このとき行われた政策は戦後の普通教育がベースであり男女共通の教育である。

戦前では小学校2年生の段階から男女の教室は別だったのである(※田舎で生徒数が不足してたところは男女同教室でした)。

おそらく戦後教育でベースとなったのは戦前では男子においてなされていた教育である。出世教育である。再生産性を高める性質をもつ戦前の女子教育は、戦後において引き継がれなかった。資料として紛失している可能性が高い。収集され保存され分析の対象となっているのはメインストリームの男子教育である。人口の半分を対象としていた旧女子教育はすっかり失われてしまった。この出世目標は現代教育でも一般化している。

そしていま「人口は自然状態で勝手に増える」との仮定をもつ「性教育」が小学校の段階から行われている。

最悪である。それは戦後の誤解の賜物だ。

※ 不勉強不解釈の結果です。