オリンパスはどうしてフルサイズコンパクトカメラ OLYMPUS TRIP を作らなかったのか。2014年に開発開始の噂あり。作れば売れていた。商機を逃す経営陣に会社の先を見限るの巻き。

オリンパスのカメラを多数所有しレンズやフラッシュにもお金をかけていました。なので以下の内容を語ります)

新宿西口にある新品・中古カメラ専門店 MAP CAMERA の過去1年間のデジタルカメラ販売ランキングが発表されています(※金額ベース。一眼レフ、ミラーレス、コンパクトカメラ共通集計)。

第20位にライカQ2が入っている。新品で70万円もするフルサイズコンパクトカメラである。

基本的にライカは台数が出ない。主流であったMシリーズはMFであって精度や速写性に優れず、一眼のLマウントシリーズはレンズの入手性にも難があり、中判やフイルムカメラに至っては論外である。しかしレンズ固定式のQシリーズであればAFは使えるし高価なレンズを別途用意する必要もない。入門者には理想のライカである。それが売れている。高画素でフルサイズフォーマットであり所有欲を満たせるからである。

所有欲を満たすカメラが売れるのだ。

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これ、ものすごいチャンスなんですよ。いい機会なんですよ。欲しがる人はいるのです。夕暮れになって日が落ちて街灯のみの環境になったらイメージセンサーの大きなものの需要がある。物理的な差である。マイクロフォーサーズで理想的に撮れるのは最低感度だけなのだ。受光素子の面積が4倍になれば感度は4倍。世代が同じであれば差は必然である。

フルサイズのコンパクトカメラ OLYMPUS TRIP 作っちゃえばよかったんだよなあ。オリンパスが伝統のカメラを作る。欲しがる人はいる。作れば売れるのである。

こんな噂が出ていました。2014年。いまから5年も前です。同時期にソニーやライカはフルサイズコンパクトカメラの製造に着手した。彼らはいまどのように評価されているでしょうか(高評価です)。現在大人気のソニーのフルサイズミラーレスはフルサイズコンパクトカメラをベースに開発されたのである。

オリンパス、ついにフルサイズ市場に参入。レンズ一体式カメラ TRIP-D。明るい単焦点レンズを搭載。 - ロストテクノロジ研究会(新)

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以前にも似たことがありました。xDピクチャカードです。他社がSDカードを選択してるときにオリンパス富士フイルムは独自仕様にこだわった。結果としてマイナー化が加速し一眼レフのE-5の段階で諦めてSDカードの採用に至る。市場占有率は戻らなかった。E-5すら最後のフォーサーズ規格となるのだ。

レンズの規格もメモリカードの規格も捨て新たにマイクロフォーサーズを開始したのである。

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再生環境の大型化、映像利用の深化についていけなくなっちゃいましたね。横解像度が6K出ない。6Kはおそらく記録用途としてかなり使われる規格となるのに、それは不可能なのである。

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昔。フイルムカメラの時代。フイルムの値段が相対的に下がってハーフサイズのオリンパスペンは市場の主流から外れてきました。オリンパスはペンのメカニズムを流用してフルサイズのコンパクトカメラ OLYMPUS TRIP を作りました。フルサイズ化はすれば簡単にできるのです。

これは売れた! 私の中学高校時代では学校に持ち込むカメラの3分の1が OLYMPUS TRIP だったのです(撮らせてもらいました。AEを採用していて押すだけで撮れる。しかし露出不足では撮れない。ファインダーの中に「赤べろ」が出てシャッターのロックを知らせるのだ)。そんな転換が1970年代ではできたのに、

2010年代の現代ではできないのである。

※会社としてビジョンの確定ができない。社の内部が劣化した。現代人は40年前の人間に質として太刀打ちできないのである。

※ 狭いところにこだわって宝の山を逃す。ありえない。オリンパスについてくる人々はこのままではいなくなってしまうでしょう。

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ISO 200 が標準でなく ISO 3200 が標準でなくてはならないのですよ場合によっては。もちろん行き過ぎのように見えますがそちら側のニーズは非常に高い。人間の視覚を超えるということです。

見たまま撮るのではなく見えないものを撮る。拡大して等倍観察してすげーすげー言うのが標準の時代となったのだから、視覚を頼っていたのでは無意味なのである。

「見えないものを撮るなんてむちゃくちゃだ」そうでしょうか? 昆虫のマクロ写真がなぜ魅力的なのか(オリンパスのコンパクトカメラは接写性能の高さで売れています)。星景写真がなぜ魅力的なのか。スローモーションがなぜ魅力的なのか。見えないものが見えるからです。既に人間の能力を超えたところで測られるのである。