BOØWY の音楽性が高くて驚く。Wikipedia のいい加減さについて。事実は消えてしまうことについて。

久々に聴いてます。ほんといいですよね。

改めて驚くのは高い音楽性だ。音楽ソースを断片的に保存しマルチトラックを埋め尽くすように切り貼りする、そんな現代的手法と異なる手続きで作られている。いちいち真剣で聴いててはっとさせられるのだ。多様性も高い。数十曲の作品の中で似たような曲がないのである。

当時どれくらい流行ったか、日本の文化を変えたかは既に書かれてるものがあるからいいとして(彼らの伝記『大きなビートの木の下で』紺待人(1986)は名著です)今日はそれ以外の部分を。

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Wikipedia でメディアへの露出がないと書かれる。テレビでは確かにそうである。雑誌でもそうである。残念だ。ラジオでは鳴りっぱなしである。FMを流してるとヘビーローテーション、リクエストで掛かりCMで掛かり地方でコンサートが決まるとまた掛かる。それが BOØWY である。ドラマーの高橋まこと氏の出身地である仙台ではまことにそうだった(高校卒業後仙台ですごしていました)。垂れ流し状態で聴こえてくるのである。

このFMラジオ。BOØWY デビュー前には存在しなかったものなのだ。BOØWY は数多の民間FMたちと期を同じくして誕生するのである。

1982年3月の段階で関東には NHK FM と FM TOKYO の2局しかない。地方都市の仙台ではNHKしかない。82年夏の東北新幹線の開通後に、その年の年末になってやっと民間FMが本格開局する。もちろん他の地方も同様である。関東はそれからも1都6県の各地に民間FMが続々開局する。

当然コンテンツが求められる。洋楽であり邦楽である。NHK FM はクラシックと古典歌謡曲を押さえている。民間FMはそれ以外の音楽のジャンルに進出するわけだ。まるでインターネットの登場やSNSの登場時に匹敵する勢いで新たなコンテンツが創造された。その場に適合したのが BOØWY なのである。

深夜にラジオをつけると流れるのだ。自動車に乗り込みラジオをつけると流れるのだ。土曜の午後に友人宅でうだってると流れるのだ。

クラスの話題になる。中学生も速攻で巻き込まれる。学校にカセットテープを持ち込み休み時間に内緒で聴く。まるでその10年前の宇宙戦艦ヤマトの夕方のヘビロテのようなものである。

FMという新規メディアを利用して巨大存在になっていった。それが BOØWY なのである(古くからあるフォークやニューミュージックはAMラジオを利用していた。媒体によってコンテンツの傾向は異なる。おそらく組織の中にいるディレクターの好みや人間関係によるものである)。

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その辺のハンバーガーショップで女子高生が何を話してるかといえば BOØWY の解散である「事務所ほんとひどいよね!」「二つに分ければ儲けが倍になるとか考えちゃってね!」。そんなのを午後いっぱいぶっ通しで喋ってる。バンドの青田刈りを目論む対バンコンサートが大流行である。上位バンドには出世の道が開ける。みな BOØWY みたいにグレートになれると信じているのだ。お気に入りのバンドを支持するために友人同士のコネを通して女子高生の間でチケット販売大会が行われる。会場ではプレイヤーが変わるたびに会場を満杯に埋めた女子高生の大半が入れ替わる。

そんな世界がいきなり出来てきてしまったのだ。そのたった5年前まで日本も第二次オイルショックの最中にあり、中央通りの商店街も日曜はシャッターを下ろし、国道4号線は片側1車線であり、月刊モーターサイクリストでは勤労青年が週末の1000円ツーリングを記事として投稿しわずかばかりの謝礼をもらってた時代なのに、

すべては塗り替えられてしまったのである。

BOØWY B・BLUE

https://www.youtube.com/watch?v=srXVYrCD2aY

※「隣の家の男の子がねー 毎日学校から帰ってくると Marionette 大声で歌ってるんだよー もう毎日なの!」そう語ってた彼女は元気なのでしょうか? 元気だと思います。元気だといいですね!!