暑い・・ 東大・早稲田・慶応はばかであることについて。

それでも息があがらないのに驚いた。呼吸が全然楽なのだ。今日の気温は26℃。つい先日走ったときは29℃の最高気温だった。8月より全然低い。気温が適当であるだけで心肺への負荷は減少する。

8月より7℃以上低い・・

7℃といったら相等な差である。季節ひとつ分である。昔、1970年代では30℃超えたら運動を控えましょうと校内アナウンスで流していた記憶がある。30℃超えたら走ってはいけないのだ。しかしその制限でも問題はなかった。暑いのは一瞬だけだった。

思い返せば1983年。夏はこれくらいの気温だった。ペダルを踏み込むと汗が乾き飛ぶ。8月でも30℃以下の日も多かった。夏でも平気で運動できた。真っ昼間の11時~14時を除けば普通に30℃を割っていたのだ。

東京オリンピックが夏ではなく10月に行われていた時代である。

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※現代の、冷房さえかけていれば通年同じスケジュールで作業できるって風潮は本当おかしいですね。日本人全員季節感なくなっちゃってるんじゃないかって思います。

※「じゃあどうしろと・・?」夏期には北海道・東北に移動しちゃうのがいいんじゃないですかね? 実際に30年前は人々は避暑地に移動していたものでした。それをベースにリゾート法とかできた。地方が整備された。いまはそれが都内への過剰エネルギー投入によって無視されている時代です(現在主流の判断がおかしいと私は考えています。都内はもともと暑いのであり、人々は逃げ出していたのです)。

原発政策は田舎に発電所建設して都内でメリットを享受する戦略でした。本来、仕事と休暇で人間を移動させるべき状況にあったのに、移動を制限し、区分けし、エネルギーのみを導線で搬送した。

これは悪である。日本の統一感が失われ田舎が絶え現在東京も絶えつつあるのは、まさにこれが(原発政策に代表されるものが = 東大・早稲田・慶応に代表される政権・自治体等に近いその卒業者の判断が)原因であると私は考えます。

※1983年は野木~茅ヶ崎~館山、仙台~栃木、仙台~青森等、自転車で走りまくった。かなりが野宿である。2年前までのコンピュータ少年は畳で寝ないアウトドア少年となった。私にはどちらも削ることはできない。身体が動作するからこそ人間なのである。

※子供たちに「将来役に立つよ~」と、ロボットについて伝えることが気持ち悪くてたまりません。嫌で嫌でたまりません。そんなのより外で何とかしろと。身体を動かせと。自分の目で見てみろと。例えば自転車に乗ってみる。そちらの方が基本である。ロボットは意識化された何かを解決する手段であり、そのための機械なわけで、そういう意識のない人々が任意に機械を操っても原発と同じく机上の判断でものが進みエゴイズムが先行する社会が組みあがってしまうだけである(しかも逆転して元に戻ることがない。エゴイズムが満たされるからだ。都民は他所の地がいかに汚れようと気にしない。そういう判断を養うための原発システムなのである)。