大人しく熱中症予防指示に従う。炒飯について。文化の断絶について。

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朝5時前に自転車で走り出したんですが半ばでばてると思わなかった。驚いた。湿度100パーセントだったのです。顔も手も自転車も靴底も湿気のために全部びしょぬれ。ペダルと靴が噛み合わないくらいにびしょぬれ。これでは雨と同じだ。体温を逃がせずしゃりばてまで重なり疲れ果て昼間の予定が全然こなせなかった。まいった。

炒飯です。

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私たちが子供の頃。まだ電子ジャーの普及はなかった。ご飯は釜で炊き余ったご飯はおひつに入れる。昼飯のほとんどが冷やご飯。学校給食を食べてた子供たちは夏休みに自宅で食べるとどうして冷やご飯を食べるのかわからなかった。子供は残酷です。多分相当の突き上げがあったと思う。

それを回収するために出てきたのが炒飯の素なのだ。あるいは他のインスタント食品なのだ。

炒飯の素を使ってご飯を炒めれば温かい食事が直ぐできる。お昼でも手はかからない。

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カレールー、インスタントラーメン、麻婆豆腐の素、レトルトパックなど多くの料理用材料が1970年代前半までに出揃った。それらは皆ご飯の保温もできない調理技術も未発達な時代に生まれたのだ。給食で舌の肥えた子供たちはそれらを欲したわけだ。

その前の時代はどうだったか?

なんとお昼ご飯は家族揃って摂るものではなかったみたいなのです。てんでんばらばら。ソースは戦前の小説。人々は各自持参した餅やおにぎりあるいは焼き芋をそれぞれ勝手に食べるのだ。学校以外でも自宅でも。食事内容もおやつとほとんど変わらない。お腹を満たすそれだけの食事である。

現在日本のお弁当はそれら旧来の弁当とは異なる経路を経て成長してきた。宴会の仕出し弁当や花見弁当にルーツをもっている。晴れの日の食事を日常化したものなのだ。この時点で大きな文化の断絶があったのである(家族や母親の役割について変化が生じた。母親の家族への貢献=家族支配が増した。その前の時代では子供の世話も子供同士や祖父母が世話し、母親は0才代で乳を飲ませる程度だったのである。そうでなければ次の子供が生まれない。現在の出生数の減少は母親の負担をより多く見積もることにより生じており、前世代からの文化の断絶による)。

※「家族」という形態にこだわらず、各人てんでんばらばらで自主的に行動し互いに負荷のかからない生活にすることが、出生数の増加に必要であると私は判断しています。