北海道東日本パスって夏季3ヶ月間使用期間あるの!? 驚きの巻き。

7月1日から9月30日までの3ヶ月間だって!!

いわゆる18きっぷの使用期間が7月20日〜9月10日までってことと比較すると激長です。倍近い。このワイドさでありながら東京からわずか1日で北海道まで上陸可能。青森でフェリーターミナルまでかなり歩きますが。函館ではかなりの難しさですが。それでも使える。二輪車や四輪車で向かうときのガソリン代より安いのだ。

https://www.jreast.co.jp/press/2018/20190213.pdf

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18きっぷが誕生したのは1982年です。自分が大学に入学した年です。このきっぷの存在を自分は全く知らなかったのですが同僚の NAKAJIMA が熱く語る語る! NAKAJIMA は毎月発行の時刻表を愛読しており現在でいうところの鉄オタだったのです。

最初にこれを使用したのは名古屋大京都大の大学院見学目的だった。TAKIGUCHI 君と一緒に夜行を乗り重ねて京都まで向かった。劇的に眠く、疲労した。当時の18きっぷの使用率は現在よりはるかに高かった(通路も満員。床の隙間で寝ている人も大勢いた)。「もう二度と使わない!」と決心した自分が再度使ったのはその4年後に HENMI 君と北海道に向かったときである。既に自動車を所有しておりあるいは彼女もいたのだが、北海道野宿旅行のその遊びが止められなかったのだ(実際は盆中のフェリーのチケットが確保できる自信がなかったから。往路を確保しても帰路を確保できないと他のスケジュールに間に合わせられなかった)。

あまりに使えるのに驚いた。そしてぺたぺたと自分の周囲を拡張し続けるバイク・自動車の旅行感とは異なる感覚にも驚いた。時として愕然とする思いにとらわれる。駅で取り残され手足をもがれるのだ。夜を徹して走るということができない。ただの一人である。高校三年の免許を持たない生徒と何歳離れても能力はまるで同じである。

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なんかねー列車や自転車で旅行したくてたまらないんですよ。身体性の回復というか。思考と動作の一致というか。

2006年の冬に列車で東北地方を回った。大館駅の荒廃っぷりに真剣に驚いた。1983年の大館は賑わいのある豊かな街だったのだ。駅前を一瞥すると人口はおそらく1/3になっている。店は消えている。街灯もかなり消えている。駅の構内には「夜行列車で東京へ行こう」こんなポスターしか貼られてない。駅には食べ物屋もない。高校生は通学しながら毎日そのポスターばかり眺めて暮らすのだ。

悲惨だ。それも13年前なんだ。現在はどうなっているのだろう?

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北海道東日本パス

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この点は明記するべきなので表明します。ネット上にあふれてる過去の旅行記・試乗記・論評等、既に過去の記事です。◯年前から◯◯年前です。古すぎる。話にならない。ある意味若い衆は読む必要ないのだ。例えばそれらは中国や東南アジアが発展する以前の記事をいまさら読ませるようなものである。

現在の、例えば半年から1年以内の記事であれば、それらを読んで認識を改めることができる。毎月雑誌を買い込んだりその中の連載記事を読む等である。

北海道はおそらく昔のそれから大きく姿を変えている。

このブログの当初の記事、2008年の6月7月は、バイクで北海道を回る記事を記しているのだ(今更ながらに書きますが、それは企画提案のプレゼン&入札が終わったから気持ちよく旅行に来たのです。そして「入札通ったよー」の合図で北海道から本土に戻った。守秘なのでその事情は記してない。表向きは単なるバイク馬鹿である)。

現在、新しいメカニズムとプログラムの最終記述の段階にある。終わるかなー。終わったら旅行に出かけなくては。