今回の改良がおそらく最初のものの最後であることについて。

最初のものの最後? 言ってる意味がわかりませんね。

現在しているこれが落としどころということです。経験知的なものを廃し、理屈に基づいて組み立てたものであり、おそらく確率として正しい結果が出るんじゃないか(※出ない場合もある。1対1対応ではないからである)そういう話である。試験的にランさせて得られた判断である。

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コンピュータの中に古いコードがごろごろしてます。古いデータも。捨てるに捨てきれない。まるで地層のように積み重なっている。進化の歴史である。わずか数ヶ月で作ったものがいくつもの層をなしている。

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すごい人物がいる。彼らを見てすごいなあと思う。ひとつの対象に延々取り組みつづけるのだ。経験知のかたまりである。素直に賞賛する。私にはできない。容易に疲労してしまうしそもそもとしてキャラクターが違う。

彼らのスキルの模倣はできない。人格として違うのだ。自分の人格の枠内で最適な手段を探すしかない(例えば農業では手作業の播種作業は困難であると自覚し機械での取り組みを開始した。これはおそらく正解であった。緊急時に他者への代替も可能である)。自分がやってみて可能であるのならそれは他者にも紹介できる。小さい組織の代表であるのならアウトソースはそれだけで判断の誤謬である。組織の内部で知識を言語化して判断の共有がなされなくてはならない。

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機械である。疲労せず要求せず黙々と淡々と処理を続けるマシンである。自動車もスマホも切符券売機も衣類も靴もインスタント食品も印刷用紙もファイルもインクも、生産機械が存在することで大量に安く入手可能となっている。私たちが自室で目にするものは(自室に運び込んだものは)その99%が大量生産が可能だからこそ存在し得るものである。

企業はそれらの所有者である。この社会の中で人間が(個人が)独自にその座標を確立しようと思うのであれば、知識や判断を機械に記述し自分の機能を外在化するしかない。外部とのコミュニケーションすら機械に行わせることさえ近い将来標準化してしまうと思われる。

※それにしても GARAKUTA が大量に詰まってるコンピュータみると笑っちゃいますね。試行の歴史だ。それだけ実験繰り返したのである。

コンピュータのいいところはたくさんの実験も即時に可能だし自宅でできるしお金もかからないところである。

これが農業だったらひとつの作物は1年に1回しか実験できない。いきなり本番のケースも多い。材料も土地も要る。現場に向かって管理する必要がある。生長速度がまるで違うのだ。

農業は自然の利用というものすごいことしてますが。ものすごいことであるために多くの困難を抱えてしまっている。コストが要る。合理化が難しい。デスクワークで処理できない対象が多い。

コンピュータはその仕組みが簡単であるが故に最小のスペースで最小のコストで何かをなし得るのである。

これは凄いことだ。若い衆なら何を置いても真っ先に取り付くべきだ。今回の私の作業量はこんなものだったが(※ある程度の大学生でも同程度要すると思います)やり込める子だったらこんなもんじゃないのである。

すんごい可能性がごろごろ転がってる。あまりに凄いので私はうらやむばかりだ。20歳の若者なら世界を見つめて喜びに震えてしまうだろう。