人間の求めるものは変わらない。HONDA Monkey125。夏は永遠にの巻き。

サーフボード、スケートボードアコースティックギターギターアンプ、工具・・
これ、1970年代の世界観といっても通用するでしょう。米国ではもしかすると1950年代の価値観かもしれない。それほど古く、永遠だ。
この中心に2010年代のマシンが鎮座してる。
人間の求めてるものはほんとは当時と変わらないんじゃないか。そう考えさせる。もちろんiPadや巨大スクリーンと入力タブレットと一緒にあってもいいと思います。
◯HONDA Monkey125
http://www.honda.co.jp/Monkey125/

※Monkey125の素晴らしいところは、これが一戸建ての巨大別荘の片隅にあっても、面積3畳のアパートの住人の所有物でも、まったく違和感のないところだ。そういうのを問題としないのである。
これはしようと思っても簡単にできることではない。クラスを感じさせずいやらしさやしみったれた感覚を抱かせない。それでいて余裕を演出する。
どうしてこういうことが可能なのだろう?
高々排気量125ccで一般国道走るのに限界ともいえる最高出力10psもないスペックで、余裕を感じさせるのです。
これはどういうことなんだろう? 走行性能的には同排気量の125ccのスクーターの方が優れてるんですよ? モンキーはそれらに勝てない。雨にも濡れるし風にも弱い。荷物だって積めない。
しかしそれが商品として成り立つ。広告メディアで広く伝えられる。
この優れた世界観。これは日本の素晴らしいところなのではないか。