ピギーバックデータ通信。

電気通信大学安田寿明先生。かの「電通大BASIC」を開発したひとである(マイクロコンピュータ高級言語のなかった時代である。使う人はみなニモニックを手書きし、人力で機械語に翻訳して手打ち入力していた。珠算の数十杯の労力を必要とするのが当時のマイコンだった。
その場に出てきた高級言語。それは日本のカルチャーを変えた。
プログラミングが一般の人間でもできるのだ(※それ以前のプログラミングは一般の人間ではできません。現在のプログラミング言語使用者が当時の環境に行くと目の前真っ暗になると思う。レジスタも少なくアドレッシングモードも少なく条件判断の分岐も少なく演算子の数も少ない。8ビットだ。なんと当時の人々はこれで実用的なゲームまで開発していた。手打ちで、ハンドアセンブルでである。しかしこれは特殊能力をもってるひとだけの場合である)。これによりマイコン高級言語が搭載されるのが普通という流れとなり、民間から多くの開発者が生まれた。この先駆的開発がなければ、国産ゲーム機の開発と普及なんて事態としてありえなかった(安倍首相がスーパーマリオのコスプレでオリンピックを案内・・ということが可能となったのは、電通大BASICから起こる一連の流れそのものであった。ゲームカルチャーが生まれたのだ。当時の大人たちはパチンコと違って金銭のやりとりがないコンピュータゲームになぜ若者が夢中になっているのか理解できなかった。エンタテイメントとしてそういうものが存在することが認識できなかったのである(そういう意味で政治主導等もあり得なかった。ゲーム文化は若者の手によってある時期いきなり誕生した))。
氏の著したブルーバックス三部作。その最終巻ではマイコン同士の通信を遠距離で行うための手法が示される。
テレタイプの通信速度が110bps。
カンサスシティスタンダードの速度が300bps。
サッポロシティスタンダードの速度が1200bpsの時代である。データ通信は必要であるがフレームワークがない。電話回線がそれに対応してないのだ。遠距離通信ではそれこそ何万円も必要とする。NTT(電電公社)の回線が国内でやっとくまなく普及してきた、その3〜4年後の世界である。
※それ以前では「農協」が地方において電話事業を行っていた。「農集電話」である。日本は国策として電電公社以外の電話事業者を廃止し、その後民営化といってNTTを分割、他の事業者を進出させソフトバンクAUができた。これらの会社は大儲けしている。しかし本来はソフトバンクの地位は既存で電話事業を所有していた農協がもってたはずなのである(1975年であれば電話事業は既に民営化されていた。その後の2ステップは(三公社五現業への集約とそれを開放して天下り先の確保)日本の民力を削ぐことにしかならなかった)。
で。
コンピュータは遠距離通信を行わなくてはならない。そうでなくてはコンピュータの意味がない。しかし回線の利用には金がかかる。何万円もの支払いは個人では実質的に不可能である。
ピギーバックデータ通信である。
この手法は正規の回線使用を行うものではない。「回線を開く」以前に使われる「プロトコル的情報」。これを用いて通信してしまおうというわけだ(この「プロトコル的情報」の伝達だけならただである)。
具体的に言えば、電話の呼び出し音の発信と受信、その呼び出し音の回数でメッセージの送受信を行うのである。
電話のベルを1回鳴らせば何。
電話のベルを2回鳴らせば何。
電話のベルを3回鳴らせば何。
そうやってメッセージを圧縮し、それに従う時間だけ送信者の側でリレーをオンオフする。通信開始には相手の電話番号の数だけリレーをオンオフする。
電話回線は開かない。呼び出し音の交換だけでメッセージの送受信は完了する。
完全無料の通信システムの完成である。

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正確には電通大BASICのコードを書いたのは氏の研究室に所属する大学院生である。
地上にないものを作る、との意識の元に、この大学院生はほぼ異常者としての生活を行ったという(安田氏は全力で応援した)。
全部ハンドアセンブルである。