本は「積んどく」からいいのだ。読むのは3割。読まない本をどれだけ揃えているかがその人物の精神の豊かさを示す。

いつ読み始めるかなんて本人でもわからないですよね。毎日背表紙目にしていて、ある日突然読み出す。読み出すと止まらない。夜通し読んで翌日睡眠不足で目をこすりながら動くのだ。
しかし睡眠不足を反省するわけではない。再びの読書経験を求めて類書を探ってしまう。
買った本も全部が合うわけじゃない。半分も読まずに放り出す。中身が薄い本もあるのだ。
読んで放ったらかしてしかし特別に何回も読む本があって、「どうして同じ値段なんだ? 紙代か?」なんて思いながら、とりあえず本棚に収める。
読まない本が増える楽しみ。将来読める本があるという楽しみ。

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本を読まない主婦という人々がいます。彼女たちは読んでない本を発見すると「なんで読まないの? お金の無駄じゃないの?」と語る。そして読んでない本を片付けてしまうのだそうだ。
文化の破壊者であり気違いである(日本現代文化が停滞しているその大元の判断(1990年代の停滞期の米国人の判断に近い)である)。

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いまではそういう価値観を断捨離などともてはやす。対して生産者の環境はどうか?
古いひとだが1980年代に日本冒険小説協会を設立した内藤陳氏は四畳半の伝統的なアパートにうず高く本を積みその中で暮らしていた。毎日本を読む。買う。本は献本としてもどんどんやってくる。
片付けられるか? 無理です。献本を捨てたら関係者の顔を潰してしまう。
そういう関係を持たないからこその断捨離なんだ。
断捨離は人間関係を既に断捨離してしまっているからものにもこだわらないのです。