アニメとは。【公式】スペースコブラ 第4話 「脱走!!シド刑務所」。1982年の家族のことを思う。

家族からすれば長男の私は血も涙もない独善的な人間にみえてしまうのかもしれない。「研究を成功させる」とのめり込み、何もかも犠牲にしてまで個体名調査とその周辺域の研究に打ち込んだわけです。膨大な集中力。あの手段による仮説の検定(Passive Language 理論の追跡調査)はまさに仙台の環境の中でしか生み出され得なかった。

1982年。私が抜けたあとのKANAHARA家の食卓はどうだっただろう。

大学生の長男がいなくなり、中学生小学生の妹弟は家族と一緒に飯を食いながらアニメーションを見る。コブラスペースコブラ)は家族の団欒タイムです。学校の友だちともそれらで話すわけだ。兄の趣味である自転車やディスコミュージックは話題にならない。父や母は長男の生活も憶測で推し量るしかない。

そういうの気にしたのって35年経ったいまだからです。

自分は大学で自治委員であり、月曜日には生化学の自主ゼミを主催し、水曜日は同級のNAKAJIMAの家で駄弁り、土曜日は自動車部のコースで先輩の腕前を拝見し・・等々、よろしくやっていた。アパートに帰るひまは少ないのである。アパートに帰るとTAKEZAWA君が隣室でレヴィ・ストロースを読んでいる。日曜日にはTOMIOが自転車に誘いにきたりプログラミングをさせにきたりする。ペアクラスといった女子大との交流もある。毎日膨大な生の形の情報にさらされる。

その間家族は家の中でアニメをみていたのだ。

長男がすっぽり抜けた中で『スペースコブラ』が再生される。

帰省する兄は自転車焼けで真っ黒になり、どこぞの話題とは知らない話を語り、フォーサイスの分厚い冒険小説を読んでいる。

ゴム印を削り出しその陰面を眺めるように、私は当時の家族の気持ちを知るのだった。


【公式】スペースコブラ 第4話 「脱走!!シド刑務所」