あの名作『樹氷の科学』中谷宇吉郎 青空文庫に登場。かつての小学校高学年国語教科書必掲の随筆。

導入部だけでもわくわくです。
これがサイエンティフィックな内容につながっていくんですよ。素晴らしい。下手なセンチメンタリズムは介入する余地がない。
また西欧のレジャーの発想も伝えてくる。西欧の新聞雑誌類ではでは現在でも慈善事業よりレジャーが重視される。センターフォールドは芸能情報と共に旅行、釣り、映画など遊べる情報満載なのだ(高級紙においても)。彼らにおいてはそういうことをしない人生など意味がないのである(そしてそういう内容を会話に盛り込むことが階層を示す例となる。ドイツの就職活動では面接が中心となるが、このとき政治と宗教以外の会話がテーマとされなくてはならない。政治と宗教はご法度である(←重要。それらは品のないものである。自分も政治的な内容を記載したあとひどく反省する理由のひとつはここにある))。
必見です。

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樹氷の科学 中谷宇吉郎
http://www.aozora.gr.jp/cards/001569/files/57305_60826.html

一 蔵王山の「怪人」

 冬のスポーツとして、スキーが急激に人々の間にひろまったとき、練習場で遊んでいることにあきたらず思う人々は、更に雪の山へと出かけて行った。
 冬山の魅力は、一に雪の森厳さと美しさとにある。ひとたび冬山のこの美しさを味わった人々は、決してそこから開放されることがない。こういう人々に、わけてもその美しさをたたえられたのは、蔵王山である。
 蔵王山は、山形県宮城県との境にある高さ一八四一メートルの山である。高さからいっても、山の形からいっても、何の奇もないごく普通の山といえよう。その麓には、上ノ山、赤湯、青根などという温泉がある。また山頂には、この山の山形側の山麓に生れた歌人斎藤茂吉氏の歌碑が建てられている。そしてそれには次のような歌がほりこまれている。
陸奥をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中に立つ
 この歌のうたうとおり、蔵王山は、陸奥を二つに分けているのであって、一方は日本海、一方は太平洋に面しているわけである。そこでこの山が、冬山に遊ぶ人々の聖地になった理由をのべることにしよう。
 スキー家たちは、よく蔵王へ行って来たか否かを話題にする。なぜ蔵王へのぼることが、スキー家たちによってそんなに問題になるのであろうか。一つはこの山の冬の気象が非常に厳しいので、高さに於てはさほどのこともないが、相当の練達が必要とされていることである。しかしこの山には、いま一つもっと人々の心を惹くことがある。それはこの山に特有な樹氷の景観である。蔵王山樹氷は、今日では「モンスター」という名前で一般に通っているように、まったく特異な貌をもって、雪の深山に並び立っているのである。
 この雪山の「怪人」は、土地の人も、また早い頃の冬山の登山家たちもよく知っていたが、十二三年前にドイツから或る映画家が来て、この山を背景にした映画を作って、我が国内にはもちろん、また広く世界にも紹介したことがある。それ以来急に有名になったのである。
 この樹氷は、簡単にいってしまえば、針葉樹が全体に雪で蔽われて、「怪人」の姿になったものである。
 吹雪を犯しての苦しい登りがつづいて、やがて八合目あたりにつくと、急にこの怪人たちが、何千何万と立っている神秘境に入る。そのモンスターの間をぬって、スキー家たちは縦横に滑走するのであるから、その愉快さは、他の山では味わえぬものである。
(以下略)