東武スペーシア号がJR浦和駅を走るのをみて驚愕する。

かつては東武とJRとは仇敵の間柄でした。
恥ずかしいことに20世紀では、商圏を等しくする相手同士では営業成績を下げ合うような足の引っ張り合いを年中行っていた。北関東ではJRと東武線は営業領域が重なる。すると乗継ぎ駅ではわざと電車の乗継ぎができなくなるよう時刻の設定を行うのだ。栃木駅ではそういうわけで年中ホームに乗継ぎの高校生が大量にたむろしていた。20〜30分間もうだうだと過ごしていたのです。
そんな時代からみるとこれは革命にも等しき前進と言える。東武の乗り入れにより世界的観光地である日光の温泉郷に東京の中心からそのまま直で行けるのだ。
あーでも本当はもう20年前にするべきだったんだよね。
それとも昔は電車がそれほど重視されてなかったからだろうか?
※1990年代初期に日本の各地がリゾート化されて週末にそれらを訪問することが盛んだった時代では、各地で大渋滞が発生し、狭い車内に毎回数時間閉じ込められることが普通だった。長距離夜行バスや電車の活用はその反省から生まれたものと言える。