売名か?『呪殺祈祷僧団四十七士』。公害企業主呪殺祈祷僧団の模倣だが手法はまるで正反対。

トップページ画像を貼っておくだけにとどめておきますが。
呪殺祈祷僧団四十七士だそうです。かつて1970年代に活動していた公害企業主呪殺祈祷僧団の名前を引継ぐと主張していますが。
略称として JKS47 を採用するだけで真面目じゃないことがわかる。言わずと知れた某歌謡グループの真似だ。そっちの模倣なのである。やってることも経産省前のテントで護摩を焚くだけだ。つまりパフォーマンスである。
現在発生している原発問題の根本の原因は何か。
それは地方差別である。原発は危険であり、事故が生じたとき周辺は危機に陥ることから、産業的に見放された地方の過疎地が選択されそこに設置される。福島第一は、東北地方の福島県にあるのに、東京電力発電所なのです。地元の住民は危険物を扱い得られた電力を東京に発送して賃金を得る。原発敷地内では地元住民の比率は低い。放射線による影響の蓄積が考慮されるため、長期的な勤務はできないのだ(このため使い捨ての労働者が雇用され廃棄される)。つまり地元への貢献の度合いは低い。もし東京にこのようなシステムが存在したら雇用契約終了後の元労働者が何らかの運動を起こすであろう。しかし福島なので地縁がなく元労働者は流れていく。元労働者が定住しないことを前提としてシステムは組み上げられている(日本の地方において厳然たる「労働者差別」が存在することが原発の稼働を可能にしている)。
差別の階層化が進み、カーストにまで近い。これが原発運営の真実である。かつての公害企業主呪殺祈祷僧団は地方行脚を主としたが、JKS47には都心部の活動が主体でありそのような行動はみられない。被災地の人間も原発労働者もこれでは救われないのである。
※JKS47が地方行脚を進め、福島、宮城、岩手県一関、下北半島、その他で活動を続ければ、地縁が生まれ、それが力を持ち、何かが変わっていくのだ。かつての仏教僧はそれを行っていた。日本において、1000年も前から行っていた。
現在のJKSの活動はガス抜きである。これでは横のつながりは生まれない。横のつながりを生まないために彼らは活動している(同様の行為を他の僧が行っても都心部で活動しているJKSのサブセットとしてみられてしまう)。これでは正義に加担する側ではない。
もし本当に僧であると主張するなら、現場に足を運び、現場で護摩を焚くのだ。現場で祈るのだ。現場で被災者の霊を慰撫するのだ。



※また今回も素晴らしくいいこと書いてますね。
そしてここで示した行動(地方行脚と鎮魂)は仏教者に力を与えてくれると思います。


※それにしても田舎の「労働者差別」を前提としてシステムを組むなど、元の発想者のそれは天才的すぎる。「原発労働者」というと、その地方では地位が決まってしまうのです(常在しないものとして、昔から住むものたちの下の地位に置かれる)。しかしこれが東京で行われるとなると労働者は移動せず定着し組織化する。
1980年代、1990年代に国道6号線を自転車や自動二輪車で移動したことがありますが。
原発は見事に視界から隠されている。周囲を深い森で囲い、他の産業とは無縁のもの、無きものとされている。実は日本中、原発は街から直接アクセスできない遠い場所に置かれている(チェルノブイリにおける原発労働者が集団で住むプリピャチみたいな街は存在しない。これは日本の原発労働がある意味共産主義国の環境以下にあることを示している。日本では労働者の使い捨てが前提となっている)。
こんな感じの国家運営に海外からの労働者を多量に受け入れるとなるとちょっとすごいことが起こると思います。
※※私の判断では解決策は機械の普及によるメカニカルアシストしかない。この環境においては労働者は差別される。だから機械による代替しかないのだ。


※※旧ソ連では労働者の完全雇用が前提となっていたのでチェルノブイリ事故から流れてきた人々があちこちに定着して発言しシステム崩壊につながっていったのですね。
1980年代だからでしょうか。スターリン時代だったら被災者の人々は全員粛清されていたと思います。
現在のΦ国でも事故が生じたらそうなるんじゃないかな。
そして日本。ここでは大問題にならなかった。何故なら地方人は東京の支配下にあり、労働者はさらにその下、使い捨ての存在であるからだ。消えることが前提の力を持たない存在である。
消しゴムのように彼らは消えてしまうだけなのだ。


※※※他国では日本のこのシステムは信じられないでしょうね。


国鉄造船業、石炭産業では産業の継続は問題となった。それらの労働者は定住し、力を持っていた。
しかし原発ではだめなのだ。これは本当に怖ろしいシステムである。
※※※地方における農業従事者も茹でガエルのように滅びていく。彼らはプラスの面で団結できない。システムにぶら下がっているだけであり、システムに加算される側でなくなったら消えていくだけだ。
そしてそれが理解できない。福島原発受入派が自身の差別を理解できなかったように。


はい。JKS47も福島県民を見下していますね。彼らの顔はそっち向いていません。