突然死が増えている状況で積極的な作付けの拡大は有りか否か『福島・楢葉町:6年ぶりの田植え 避難指示解除で』。毎日新聞。

働き盛りの突然死が増えています。明確なデータとしては2011年以降日本の人口は確かな減少を示している。福島県では児童生徒における甲状腺がんも多発している。福島県に乗り込んだ福島第一原子力発電所事故後の残留放射能の影響を調査する医師団はチームのトップが頻繁に入れ替わっている。
それどころか福島第一原子力発電所からは放射性物質がほぼだだ漏れの状況にある(チェルノブイリで存在した石棺は福島第一には存在していないのです)。
事態はまるで収束していない。その状況において。
以下の報道に危機感を覚えるのは私だけだろうか?

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福島・楢葉町:6年ぶりの田植え 避難指示解除で
毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160520/k00/00e/040/148000c
田植えの作業に励む佐藤さん=福島県楢葉町で2016年5月20日、乾達撮影
 東京電力福島第1原発事故の避難指示が昨年9月に解除された福島県楢葉町で6年ぶりに本格的なコメの栽培が再開され、佐藤充男(みつお)さん(71)ら上繁岡地区の農家6戸が20日、復興工事車両が行き交う国道6号近くの水田約2ヘクタールで田植えをした。「仲間がいたからここまで来られた」と、喜びをかみしめた。

 同地区は原発から15キロ以内。佐藤さんは水田と繁殖牛8頭を残して避難し、県外をへていわき市の借り上げ住宅で暮らした。「せっかく除染した農地を荒れさせては、地区に戻る人はなくなる」。事故翌年から楢葉に通い、牛の飼育仲間と試験・実証栽培や草刈りを続けた。4年間、基準を超える放射性物質は検出されず、販売目的の栽培にこぎ着けた。

 しかし、喜び以上に悩みも多いという。「以前は無農薬栽培していた。今は努力しても、楢葉のコメだと言ったら、喜んで買う人はいない」と、収穫の半分は飼料用にする。住民不在の間に出没するようになったイノシシ対策も頭が痛い。

 4月28日現在、楢葉町に戻った住民は6.8%。町によると、原発事故前のコメの栽培面積410ヘクタールのうち、再開したのは20ヘクタール。佐藤さん自身、傷んだ自宅を建て直し今月帰ったばかりで、町外の仮設住宅から通う仲間もいる。「農業で暮らせることを示せば『俺もやっぺ』という人も出てくる」と、農村の再生へ踏ん張り続ける覚悟だ。【乾達】