独逸車vsスズキ車。私の友人であるKAKIやんの自動車乗替パターンでは。

BMW Z3 →(8年乗って)→ SUZUKI Jimny 1300 
なお自動車、自動二輪車とも2台ずつ持ってる模様(他はトヨタ1台、ヤマハ2台)。
私も Z3 運転してみましたが「いかにも」というようなわざとらしい味付けに驚いた。子供なら夢中になる、そういう味付けなのだ。もったいぶっていちいち交差点を回るのである(マツダロードスターNA型と比較してもったいぶり感があれすぎる。ロードスターはBAKAに突き抜けており、簡単に荷重が抜けてその辺でくるくると回るのだ(簡単に回復するので危険ではない)。Z3 は高々2000ccのくせに「おれはマッチョだぜ」と誤解させる挙動を示すのである。
まあこの辺、いろいろ考えさせるところはありますね。
1980年代前半とそれ以降のバブル期を過ぎた日本車では味付けは明確に異なる。パルサーなんて排気量据え置きで車重700kg台から1トン超まで増えたのだ(※現在の後継車ティーダは1600ccで1.2トンオーバー。それじゃあ「衝突安全性に優れる」ボディになりますよね。当然)。しかも1世代で。鈍重になった車体を締め上げたサスペンションでびったり貼り付けて走らせる。それは、軽自動車みたいな馬鹿っ軽い車体をいい加減なサスとグリップしないタイヤで転がすよりも実は全然優れているわけではないのだ。
燃費は違わなかった。楽しさは旧車のほうがましだった。ボディ剛性の違いは多分、自分がぶつけられたときとかそういう時にしか現れない。つまり事故の確立が上がったことが自動車環境の違いに現れる。
現代社会では常に車道は渋滞しており、その処理のために衝突安全性ボディがあり衝突回避システムがありハイブリッドシステムがあるのだ。自動車が増えすぎたためにこのような「余計な装備」が必要とされるのだ。
実は1980年代の20psそこそこの二気筒の軽自動車はとんでもないエコカーであった。何をどう走ってもリッター20km超なのだ。人間4人乗ってそれである(運転者・内田)。渋滞のない時代ではそんなんでも下道走ってひと晩しないで仙台から青森まで行けた。つまり自動車は過剰に自動車の増えた現在の環境に無理やり合わせるために異様な進化を遂げている(矛盾した方向に舵をきっている)。
フォルクスワーゲンBMWは馬鹿である。彼らはポーザーである。格好つけているだけである。古い時代の人間に昔の夢をみせているに過ぎないのだ。