このマンガすげえ『蟹工船 覇王の船』イエス小池。これは戦前の話ではありません。現在でも都内のシェアハウスの内情は100パーセント同じ。

アマゾンの「なか見!検索」で画像見てぶっ倒れました。
殴られたような衝撃を受けた。これは自分自身が東京都心部、港区や千代田区や文京区や北区でみてきたシェアハウスの内情と瓜二つだったからです。
人間の身体ひとつが収まるか収まらないかの棺桶にも等しき空間。その空間が並ぶ中に大の大人が複数詰め込まれている。光の当たらない狭苦しい二段ベッド。床には履物が脱ぎ散らかされている。辛うじて歩ける空間には洗濯物や衣類が陰干しされている。
著者の語りは「そこは穴ぐら・・・そこはクソつぼ・・・」。完璧にネガティブなそれだ。イラストでは戦前の最低辺の暮らしであるように記述されている。しかしそのように見えながら、それは現代のシェアハウスの実態そのままなのである。
100パーセント同じです。都内ではこのようなかび臭いしけた暮らしに身をやつしている人々が数えれば万単位で存在する。
彼らの所有する荷物は数足の靴とトランク1個分の衣類しかないのです。
そこは病人の巣であった。空気の循環は悪く、肺病が蔓延し、夏になっても咳き込む声が絶えない。食生活はいじましく、炊きたての米にマヨネーズやマーガリン醤油をかけて食うのが精々。それでも都内の中心部であれば月あたり5万円以上も住居代で取られる。食事と交通費を合わせれば10万円近い値となる。蓄えはできず、職場と寝床とを往復する生活。
それが現代日本の、首都圏の中心部での生活実態なのです(すべてがそういうわけではありませんよ? でもそのような実態も存在する。『蟹工船』時代とまるで同じです。しかし社会的なコンセンサスは異なっている。『蟹工船』登場人物たちでは社会的に悲惨な運命にあるとのポジションが確立しているのに対し、現代では個人的責任に起因すると捉えられてしまう。そういう状況にあるのは自分が悪いと判断されてしまうのです。
しかし数年前、日本社会でも問題となった車上ホームレスの増加ではそのほとんどが自動車工場のレイオフが原因であった。景気が衰退し、求人難が生じて雇用を剥奪されたのだ。民主党を擁立したマスコミたちは、政権樹立直前には大々的なデモンストレーションを行っていた「派遣村」の継続すら放棄し、国内で悩む彼らの存在を抹消した。彼らはなきものとなったのだ。報道機関のさじ加減ひとつで弱者は弱者自身に問題があるとされてしまうのである)。
※ダブリンのなんとかとはえらいちがいますね。これらを公開する日本のカルチャーはやはり優れているのではないでしょうか?
↓ほんとこんな感じなんだよ。見学しに行って腰が抜けた。きのこ栽培してるのかと思った。きのこ栽培環境と湿度・採光ともに似ています。そのような環境に2010年代の日本では驚くくらい多数の人々が生活し続けています。
○劇画 蟹工船 覇王の船 (宝島社文庫 C い 1-1)
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