まだ見ぬ祖父を探して。

祖父はおそらく自分の中に生きている。

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祖父は私が保育園のときに(現在で言う幼稚園のときに)死んでしまった。ガンである。50歳そこそこであり当時でも早世の部類である。
陸軍通信学校から通信兵としてビルマインパール作戦へ。
父の農事用机の引き出しにはビルマから送られた祖父の絵葉書が入っていた。

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記憶がほとんどない。声すらない。わずかに覚えているのは病死する直前の寝込んだ状態と、夜中に雑誌を買って帰宅した途中の様子、それからわずかな小遣いを私の引出しのなかに時折こっそり入れてくれてたらしいことだ。この引出しは大広間の箪笥の下から3段目にあった。曾祖父から暮らす11人もの大家族である。私は自分の空間がほしいとねだり、A4サイズが入るぎりぎりのサイズのこの引出しをもらったのだ。
わずかな文房具の他に時々10円玉や100円玉が入っていた。
内緒の私への小遣いである。

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突然思い出したのだ。雨の降る日。縁側で庭を眺めながら、祖父は私に革製のケースに収められた二眼レフを見せた。自分でも触れてみた。ダイヤルを回し鏡筒を覗き込むところまで覚えている。このため私はしばらくカメラは縦に2つのレンズが並んでいるものと思っていた。
確か父の写真もあった。小中学生ころの父である。印画紙の高価な時代だったと思う。名刺より小さいサイズなんだ。中判カメラなら拡大レンズを使わずに直接フイルムを印画紙に押し当てて焼いたのかもしれない。父が少年のように笑っている様子をみて私は彼とは兄弟のように感じたものだった。

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祖父は死んだ。死因は飲酒の過剰である。生存率10パーセントを切る地獄のビルマ戦線から帰還し、しかし帰国した地元では得意とする通信技術も暗号技術も使い道がない。国家の要請は農業である。食糧生産である。ここでは最先端技術を習得しても使い道がないんだ。祖父は酒を飲み、膝の上に私を座らせ新聞を読みながら幼い私に「標準語」を仕込んだ。通信学校仕込みであり日本標準のイントネーションである。父は栃木弁だが私は標準語である。この軋轢はあとで記そう。父と私とは生涯理解し合うことがなかったがそれは母語となる言語のイントネーションの違いに起因するかもしれないのだ(※おなじ兄弟でも妹・弟は父母を中心として育てられており栃木県固有のイントネーションである)。

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祖父の死後、父は祖父に関するものを家庭内から一切処分した。祖父が陸軍生活で学んできた贅沢は最初のターゲットであった。カメラとステレオはなくなった。祖父のいる時分我が家は歌声が絶えなかった。手拍子で家族で歌をうたい私も歌っていた。父の時代になり寡黙な一家となった。娯楽の一切はなくなった。祖父のしていた様々な趣味は悪とされ、その趣味を求める私は殴られた。10円100円を握りしめて友だちと買物に出かけることもなくなった。母親の買ってきたお菓子を分けて食べることになった。ところが友だちの家ではおやつを自分の分だけ買いに行くのだ。自主的に動くのだ。カメラや音楽についても自由だった。
なぜ父は祖父の所有する文化を(そして世間一般で流通している文化を)頑なに否定しつづけたのだろう。
もちろん私はその理由をおそらく理解している。
祖父の弟は荻窪に住み、田舎に永遠に帰らない。とうの昔に東京人である。話が通じないことをおそらく予感しているのだろう。東京と栃木とでその文化は断絶している。

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カメラである。幼児期に自分でも撮らせてくれと私はしきりに頼んだらしい。
もし祖父が生存しカメラを扱っていたらどうしていただろう?
何を撮っていただろう? 一眼レフに切り替えていただろうか? 35mmのカメラに替えていただろうか? あるいは手元に置くだけで趣味として愛玩していたのか?
後者かもしれない。撮り歩く行為があればおそらく酒に溺れていなかった。
カメラはあくまで趣味だった。農家との並立は難しかったのだろうか?
方向性が全く異なるものなのである。

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話はとぶ。ブレッソンである。
手ぶれ補正のないカメラを用いている間に自分のカメラの構え方は変化してしまった(FUJIFILM X100F)。左足に体重をかけ、上体を45度ほどひねり、少し前傾するけど若干胸を張るような姿勢になる。足先から頭の天辺まで三脚に擬態するような体勢である。
この構えが何に似てるかといったらブレッソンである。
↓なんと爺ちゃんに似ている。服も帽子も襟巻きもヘリンボーンの生地もである。おそらく昔流行のファッションなのだろう。

Le foto in bianco e nero. Cosa c’è dietro un clamoroso ritorno al passato
https://www.dazebaonews.it/primo-piano/10513-le-foto-in-bianco-e-nero-cosa-c%E2%80%99%C3%A8-dietro-un-clamoroso-ritorno-al-passato.html
どうやらこの左肩を入れる姿勢はカメラマンに共通するものらしい。
英国人ポートレート作家 Damien Lovegrove さん

https://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/interview/689281.html
この姿勢は新谷かおる氏のコミック『シリーズ1/1000sec.』でも表紙で使われている。

https://www.amazon.co.jp/dp/4840117748
遊びでカメラを使っていたため、私は構える姿勢の重要さに気づかなかったのである。
前足に体重をかけ、背を伸ばし、前傾し、腋を締める。息を全部吐き出して心音の合間にシャッターを切る。
手ぶれは抑制される。F2レンズをつけてるなら屋内でも低速シャッターで十分に撮影が可能である。

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これで飯を食う人々も多い。一大産業になっている。カメラは日本の貴重な輸出品である。
ビジネスで使用する人々はまるで農家が田を耕すようにあるいはそれ以上の頻度で夜に朝に駆けるのだ。
夜や朝でなくては撮れないものがあるからである。
夜や朝に出かけてこうして構えることがその職業であるわけだ(※重要です。災害からの復旧で種々の職業が翻弄されていますが、それは業態からくる必然であり、9時〜5時の仕事は本来なら一般に存在しない。9時〜5時の仕事は工場や事務所等の固定したインフラがあるから存在している。そのインフラストラクチャに情報や資源を流し込む働きは9時〜5時の環境以外の場所からやってくる。
野菜農家のそのほとんどは朝の9時以前にその収穫を完了している(当然作業開始は朝の5時代))。
誰もいない場所に向かい誰も知らない対象を撮る。このときおそらくコンテンツが生産される。

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栃木県の地元の飲み屋で年に何回か飲んでいた。昔から住む人々の通うスナックと駅前のマンションに住む人々の通う居酒屋は違うんだ。両者のカルチャーが厳密に異なり、これが絶対に混ざらない。同じ日本人なのである。距離は2kmもないのである。
両者が混ざり合うには改めて意見を述べあう会合が必要である。年に1度のその会合で別々のテーブルに座りながらなんとなく意見が述べられる。私は両者に酒を注ぎに行ったがそうする若手はひとりしかいなかった。そういうことはしないものらしいのだ。そういうことをしなくても生きていけてしまうのだ。
日本の農産物のクオリティについては海外への直接の訴求は不可能だろう。この2kmの壁を破れないんだ。
私の家族でも祖父と父との壁は破れなかった。同居していてもそうなんだ。親子であってもそうなんだ。

2kmの壁を破ることの難しさ。未来の日本で旧来のコンテンツが流通し得ない事態に陥っているだろうことについて。オリンピックというまたとないチャンスについて。

国民皆兵制の軍隊は奇跡だったんだな。
あれがあるから日本人は生まれた。あれがなかったら日本人はおそらく土着性の各地方人のままだった。

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日本で日本を舞台とする多くのコンテンツが生産されている。マンガ、小説、映画、ドラマ、音楽。それらの中でかなりのものがジュブナイル系に収斂している。大の大人なのに高校を舞台とする作品群を楽しむわけだ。
前世紀にはおそらく中心となり得なかったカルチャーである。

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読者の経験が共通するものであり共感するマスとして大きいからだろう「それ以外の世界は理解することができないのだ」。
これは結構な危機である。日本以外の社会に対する理解が進まないだけでなく、
これから激増するであろう移民、異言語、異なるカルチャーへの理解・共感を取り入れないものでもあるからだ。
もちろん取り入れることのみを正義とするわけではないが、日本風コンテンツの大量消費をこれらの集団は行い得るだろうか?
もしかすると欧州の移民より過剰な独自文化への固執が生じるのではないか?

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話が通じない。イントネーションが通じない。扱う対象に共感がもてない。
このとっかかりのなさで日本国内でも混ざらない。海外との関係となるとより以上の障壁である。

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しかし国民皆兵制のなかで旧日本人(80年前の日本人)は奇跡的に混ざりあった。奇跡的に話が通じた。そういう環境を形成し得た。
軍隊は人殺しをする組織ではない。健康な青年を一ヶ所に集めた組織である。健康な人間同士の会話が行われる(戦後に三島由紀夫が市ヶ谷で自衛隊への決起を仕掛けましたが、失敗しました。馬鹿としか言いようがない。軍隊はそういう場所ではない。現実の軍隊に属してない人間の妄想である)。
戦中の人間が何を会話しただろう?
おそらく「おれ、無事に帰れたら○○するんだ(○○は戦争と関係ないこと」が中心だったろう。
これは私の妄想ではなく、実際にそういうストーリーの映画もあるわけだ(『メンフィス・ベル / Memphis Belle』1990)。
第二次大戦中のアメリカ空軍では、爆撃機の搭乗員は25回の出撃を達成したあとは帰国し兵役を免除できる。25回で上がりなのである。
戦時中でさえそうである。平和な時代の国民皆兵の軍隊がいったい何を会話していたか?
おそらく食べ物、飲みにいける店屋、写真機やラジオ、流行りの映画。そしておそらく兵役完了後の新たな職業と結婚である。

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現在も国民皆兵ならおそらくマンガやアニメはその軍隊を舞台にしていた。
自衛隊がそうであればそれを舞台にするアニメが多く作られ、そのストーリーは軍事ものではなかったわけだ。
それは多くの人々の共感を呼ぶものであったろう。

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この可能性が失われてしまったのが戦後の人々であった。
戦前〜戦中までなら日本では男性は20歳になったら2〜3年間地元を離れるものだったのである。
家族から離れた環境でグローバルジャパン的な感覚が養われる。新たな人間関係も構築される。趣味が生まれ、食べ物の発見があり、見るもの知るもの今までの田舎生活とは異なるばかりである。
明治から存在したその貴重な環境が戦後の日本ですっぱり失われてしまったわけだ。

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現代の人間がテレビにのみ従属するわけである。

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そしてこの壁は(2kmの壁は)おそらく親元から離れた経験のみが破る切っ掛けを与えてくれる。
私の家系であれば私の父の世代だけが地元を離れた経験がなかった。高校を卒業してから直に農家なのである。この世代は基本的に全員そうである。これが田舎の人々に周囲との2kmの壁を形成した。
この世代が中心となったときに日本の田舎の縮小が始まった。交流の機会を永遠に喪失していった。
これから海外との交流が必須な時代になる。しかし直の経験のない人々ばかりが日本に数多く存在しそれらを中心とするコンテンツが消費されるばかりの日本だ。
おそらく10年後。コンテンツの生産自体(そして旧来のコンテンツの再流通自体)困難な状態になっているものと思われる。

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「じゃあどうしたらいいんだ」という声が聞こえてくるわけなんですが。
私、次のオリンピックのボランティアは超絶有効なんじゃないかって思ってるんですよ。
食事と住居と衣服と交通費とぜーんぶ支給してあげれば若い衆はいくらでも来ます。
彼らが2週間〜2ヶ月間、一緒に暮らして作業して遊べば、そこから物凄い紐帯が生まれる。家を離れてみんなで頑張り飯を食う。それだけですごいことになる。
日本社会の生産性も、婚姻率も、出産率も、大量の若者のオリンピックボランティア参加で一度に全部解決してしまうかもしれないのです。
流動性は絶対に必要です。旧軍隊は国民に流動性をもたらす素晴らしい機会であった。

対決シリーズ。映画『メンフィス・ベル / Memphis Belle』1990 vs 『フューリー / Fury』2014。後者の気持ち悪い妄想。

戦場の様子をひとつひとつ描けばそれが事実になるわけではありません。
人間には想像力がある。未来を描く力がある。いま現在が悲惨だとしてもその後の将来を変える力がある。銃を持ってぶっ放してる人々も頭の中が銃でいっぱいかというとそうではないのだ(これは中学生高校生でもそうである。彼らの主務が勉強だからといって、英語や数学や歴史に常時熱中している生徒などいただろうか? そんなのよりマンガや彼女の方で頭がいっぱいだったのではないか)。
マンガや彼女で頭がいっぱいなのが正常なのである。
で。
20世紀に作られた、まだ第二次大戦の記憶が残っている時代の映画『メンフィス・ベル / Memphis Belle』1990 はマンガや彼女のことで頭がいっぱいな人々を中心とする正常なストーリーが構成されているのに対し、
21世紀に作られた、第二次大戦の記憶がほぼ完全に失われた時代の映画『フューリー / Fury』2014 は戦争のことしか頭にない、言わば異常者が中心なのである。

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学生に勉強のことだけ要求し、それ以外を排除する思考は異常です。
兵士に戦争のことだけ要求し、それ以外を排除する思考は異常です。
労働者に労働のことだけ要求し、それ以外を排除する思考は異常です。
私はそんな社会に住みたくもない。それらは人間の自主性や創造性を剥奪する。
あるいはそういうことを理想とする社会もあった。共産主義社会です。
映画『フューリー / Fury』2014 をみると現代はなぜか共産主義的思考に近づくものとなっている。人間から「職業以外」を排除する傾向が強まっている。
そんな社会に未来はありません。
なぜなら未来像を描く創造性豊かな人物を不要なものとして排除しているからです。