これは相当気合入れないとだめだぞ。あの夏の徒歩行の記録について。

焼ける陽射しの中、江戸川沿いを水元公園から葛西臨海公園まで歩いていた。
出発は午後だ。距離にして16〜20km。当時は結構、歩くには苦のない生活をしていたわけである。
日焼け止めを塗り水を飲んでいく。手持ちの荷物はなかった。
最初の2時間はまじ極楽。残りの2時間まじ地獄。
夕日が沈みきり電車に乗る気力が生じるまで捨てられた雑巾のように公園の片隅にうずくまる。
驚くべきは若さだ。
翌日にはもう体が動く。以前より軽々と歩ける。わずか1日で肉体の改造は済んだのである。

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当時と似た状況に回帰することはあり得ない。
昨日、木曜日と似たコースを歩いた。ふくらはぎと土踏まずが痛み、足首まで痛んだ。
これらは克服可能である。時間を要するだけだ。これが予想より4倍くらいかかっちゃうんだよ。

たこさんウインナー。1970年の脱穀機(ハーベスタ)の地面への支持構造を参考にする。

まるでたこさんウインナーです。
この造形物。なぜか持ちがいい。私はこのパーツを利用したテーブルトップロボットを3台作っているが、ハードな使用に連日耐えている。分解して袋詰めして現場で展開して使用するサイクルを繰り返しているのに、安定して稼働しているのである(毎回印刷し直す必要がない〜少ない)。
上体にアーム型の構造があり派手に動く。このためこの下部は跳ね回ることになる。しかし倒れないし折れない。サーボの線も切れない。マイコンも故障しない。バッテリーパックの調子も良く非稼働時には容易に電源をOFFにできる。
まじで素晴らしいわ。魂こもってますよね。
※毎回書いちゃいますが、この構造は幼年時代屋外で使用されていたハーベスタ脱穀機)の地面上の支持部を模倣したものです。当時の農家は稲刈りは移動型のバインダー、刈り集められた稲の束を脱穀するためには非移動型のハーベスタを使用していたわけですが、このハーベスタはバインダーの側に持ち運ぶ必要があるため可搬性が高くなくてはならない。
上部に膨大な振動発生源があり、下部は穴だらけ稲株だらけの湿地帯である。この中で上部の振動を絶えず吸収し、数十分毎に持ち運び、再設置され、動力機械の重量が田に沈まないよう支持されなくてはならない。
ハーベスタが使用されていたのは精々小学校3年くらいまでだ。しかし私はその構造を覚えている。当時の記憶が何十年経っても使えてしまうのだ。


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この知識は学校教育から得たものではありません。学校教育の時間とは独立して、日々の経験の中から獲得したものだ。そういった知識も学校教育から配分される知識と同様に社会生活の中で援用される。実際にはそちらの知識の方が個々人のキャラクタを確立させるものとしてよい。
でもまあ「教師」はそういうのわかんないし見ないんだよね。
数十年前から存在している農業機械の多くは専門の設計教育を受けたことのない人々の設計によるものだ。彼らは日々使用する道具と対象となる物体との性質に着目し機械を作っていった(唐箕等)。それらは見事に稼働するのである。極めて長期間持ち、補修も容易であり、見れば誰でも使い方がわかる。
素晴らしいですよね!!

教師の多くは学習者の私生活や市場に存在する商品が提供する成果を自身の成果として誤解している。教師の多くは不要である可能性が高い。

そんな連中に限って威張りちらす。
教育者の自画自賛が本当に気持ち悪い。

詐欺の系譜『ガイアックス / Gaiax』とは。高濃度アルコール燃料。韓国系の会社が製造販売。洋上のタンカーで製造か。

脱法燃料のガイアックスです。ガソリン車に入れる。1999年頃から市場に出始め一部で隆盛を誇った。何と言っても元はアルコールなので販売時の揮発油税が「ゼロ」。ガソリンではないという言い分なのである。それをガソリンの代替燃料として売る。税金逃れをしつつ消費者には安くみせようというちょっと悪質な魂胆だ。そして販売店は各地にできたのである。
当時とあるバイクのミーティングに行ってみて驚いた。
ガイアックス入れたか?」そんなこと話してるのである。
普段は高性能車の性能を引き出しているように振舞い、あるいはクラシックバイクの魅力について語ってるのに、入れるのは代替燃料なのである。アルコール系燃料はガソリンタンクの水抜きに使われることはありますが、当然多用できない仕様のものである。それを愛車に入れようとする。壊れてしまったらどうするのか??
これは「知らなかった」では済まされない事例である。その後高濃度アルコール燃料はガソリンエンジンの性能を引き出せず、またエンジンの配管系に与える影響が大きいために2003年には販売停止に至るのだが、それでも、広告や看板に騙されていたと主張する人々の間では、自身の判断に過ちがあったと認める比率は高くなかった。
結局反省しないのである。
そしてこれをみてわかる通り、彼らは超高性能のスーパーマシンを宣伝文句通りにうたっていても、結局は雑誌広告の受売りに過ぎず、自らの知識や判断に負うものではなかったのである(高性能バイクがいいといえばいいと言い、ガイアックスがいいといえばいいと言う。この相似形で彼の人間の主体がわかる。高性能バイクとガイアックスは相反する意味を持つものだからだ)。

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この「ガイアックステスト」は人品を評価する際に使えます。
異なる価値観をその広告的影響(もしくは権威的影響)の大きさだけで止揚しているのをみれば、その相手がどういうものかわかる。
テレビタレントを無条件に持ち上げる愚かさ!
権威ある存在とのお付き合いを無条件に持ち上げる愚かさ!
いますよね。人品にもとる。私は彼らの伝える内容はガイアックスではないかと疑っています。