天国!? NHKラジオ第一放送が洋楽ばかりで驚く。洋楽邦楽の比率がいつのまにかテレビジョンと逆転。

すごいなー。全然こっちのが「おしゃれ」だわ(下世話な感覚が無いという意味で)。

※ 1980年代の深夜TVのようなおしゃれさです。見事!

※ 半分犯罪者みたいな人々が画面やコンテンツを支配してるテレビという存在はなんなんですかね。TwitterYouTubeもそうですが(当方YouTubeではあるものしか視聴しません。それは人間が登場せずナレーションもなく客観的にある映像を駄々流ししてるものである)。ああいうの見てたら視聴者も犯罪志向になるのは仕方ないでしょう。スマートフォンも犯罪志向を煽るツールですがもうこの辺どうしようもないですね。

NHKラジオ第一放送が災害時に実用的であって驚く。どうすればよいのか?という能動的情報を中心としている。

テレビの方は見せ物です!!

ラジオはまともだった。有用な話が多いのだ。AMラジオはコスト的に運営側は大変と聞きますがなくしてしまってはだめですねこれ。いま聴いて驚いたのは「現場では怪我による破傷風に注意」「長袖長ズボン着用」「罹災証明を得るために被害状況を忘れずに撮っておくこと」等、かなり重要な情報です。

映像を用いないことでかえって理性的な報道ができている。語り方は落ち着いている。きゃあきゃあ叫ばない。音声中心で伝えることによって感情を交えず語ることができ扇情的になり得ないのです(重要)。

「避難時の移動はなるべく2人以上で行うこと(道路に穴が開いていて増水時にその確認が困難であるから)」など、聞くべきです。音声だからより記憶に残りやすい部分もあります。

※ゲストとして呼んだり電話インタビューする人々も現場の人々が多い。テレビタレントに頼らない。このため変な茶々も入らない。必要な情報だけ抽出した状態で届くのだ。

大分 九重町 JR久大本線の鉄橋が崩落 2020年7月7日 10時55分。鉄道と国庫の負担は増大する。

久大本線は2012年に平成24年7月九州北部豪雨で路盤流失によって1ヶ月半、2017年に平成29年7月九州北部豪雨で鉄橋流失によって1年間不通となっています。2018年7月に復旧してから2年間でまた橋梁が流される。重大な被害です。今後の維持管理は困難だ。もちろん私は鉄道の有用性を認めていますが豪雨による被害が2010年以降頻発しているところをみると路線を修復しても無意味と判断できる。果たして九州の鉄道関係者はどう判断するでしょう?

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大分 九重町 JR久大本線の鉄橋が崩落

2020年7月7日 10時55分

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200707/k10012500821000.html

大分県九重町によりますと7日午前8時ごろJR久大本線豊後中村駅野矢駅の間にある野上川にかかる鉄橋が崩落しているのを地元の消防団が確認したということです。

九重町はけが人の情報がないか情報収集を進めています。

JR九州によりますと久大本線は大雨の影響で大分駅から福岡県の久留米駅の間で始発から運転を見合わせています。

旧国鉄系の労組てなんなの。JR東日本輸送サービス労働組合 省力化自動運転化に強固に反対する。日本の不況〜成長力低下の根本的原因。

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何度も書いちゃいますが鉄道の未来はきびしい。いいところは多いんですよ? 輸送効率は高いし環境負荷も小さい。しかし内部に巣食う労組がこれだ。合理化に強固に反対している。システムの軽量化を阻害している。

JR東日本ならまだ合理化・省力化・自動運転化はうまくやれるかもしれない。これら自動化を進めるしか鉄道を含めて我が国の産業の未来はない。ここで開発する技術は他のJR系でも利用できる。しかしJR北海道等はそれらの技術の導入に強固に反対するでしょう。労組が音頭とってそういうポジションを取るでしょう。彼らが反対し続けているが故のJR北海道の現在である(消滅寸前である)。

※この状況に対応するには国民皆免許=高校生の段階での自動車運転免許所得しかありません。免許特区しか住民が生き残る術はありません。米国同様の16歳に引き下げる特区の設立が有効と思います。

※免許特区は自動運転化と異なり制度の改革によって直ぐにでも可能です。人々の意識をも大きく変える。重要なのは意識の変化であり自動運転化より大きく影響を及ぼすかもしれません。

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JR東日本輸送サービス労働組合

https://twitter.com/jtsu_e_2020/status/1279982388689268736

にんじんサラダ。

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うまい!!ことに加えて栄養めっちゃ特濃。野菜だらけなのだ。

にんじんを皮付きのままカットしてたまねぎと一緒にレンジで加熱。食感出すために1/6長のゆでパスタと和える。たんぱく分としてソーセージとゆで玉子を投入。

同質量の揚げ物と比較してビタミンミネラルの含量は数倍。付け合わせにも最適。冷蔵庫内で36時間保存できるのだ。

九州豪雨の影響を見ながら考える。自動車運転免許所得年齢の下限の引下げに向けて。

交通系のインフラストラクチャは直りませんね。これはもう地方では。切り捨ては既に始まっている。鉄道はなくなる。それはすぐに農産物の輸送や観光客の来訪の低下としてはね返る。

パーソナルな輸送システムの充実しか手はないのです。

自身の発想は常に同じだ「九州地方を高校生自動車免許特区にする(福岡県以外)」。16歳で四輪車の免許所得と自家用車の所持運転を可能とする。

自動車自動運転技術の開発が進んでないのだからそうしていくしかないでしょう。

高校生の意識は強烈に変わる。自律への志向が高まり東京一極中心主義への信奉が弱まる。地域の活性化に直接につながる。未来への道はひらかれる。

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私はトップの判断が云々というあり方が大嫌いです。それは責任転嫁と考える。決断は遅くなるし結果はいつも批判される(失敗はおろか成功してもそれが可視化されず批判される。対策には各自の自主独立が重要なのでありそれには国民皆免許である。免許所得年齢の下限の引き下げである。

※ 免許や自動車の有難みを感じない人とは話が通じません。「そんなの都内なら電車やバスで十分」と言ってるひとは運転手の存在を無視してる。通販の存在を無視してる。深夜にトラックで食料品や燃料や衣類を配送してまわってる方々の存在を無視している。

地方に居住することはそれらのワークを自分でこなすということです。

低年齢化しかないでしょう。その主張が国会で取り上げられず未だに3ない運動的視点で高校生の免許所得が見られてしまうのはまさに首都圏の独善的発想であります。

※ 本ブログで「野木町都会最高。多古町田舎最低」と言ってるのはあくまで電車ベースで判断した結果です。自動車主体で考えたなら格差は皆無になる。もちろんガソリン価格の変動や自動車所持に付随する各種問題はありますが否定を重ねても袋小路である。地方に居住するには地方独自の利点がなくてはならない。

※ 自分が中高時代にマイコンや電子工作に耽溺できたのもパーソナルな交通機関が不要な地域だったからです。秋葉原まで電車でほぼ直行に近かった。東京通勤圏内だった。だから余力があった。これが東北本線宇都宮線)沿いから10kmも離れれば文化は自動車主体になる。頭の中を車やバイクに切り替えなくてはならない。茨城県境町では野木の数倍の密度で自動車屋が存在しまた高校生向けのバイクパーツショップがある。高校生がマイコンを組むようにバイクを組み改造するのだ。通学もバイクで行うのである(なので意識は野木とは全然違います。そちらにいたなら私は早期にバイク少年であり「コンピュータ? なにそれ流行るの?」と言ってた側だったでしょう)。

※ 追記。今回の大雨で79万人避難指示だそうです。やはり自動車等運転できる人数は多い方がいい。人手はいくらでも必要です。

※ もうひとつ追記。野木町最高多古町最低は例によって煽り文句です。本気でそう言ってるわけじゃないので真面目に取らないように。

単気筒オフロードバイクの寿命について。

あんなに売れてた日本のバイク。バイクブームのときは年間何万台単位で売れていた。みてみるとRG250γは少しだけ残ってる。中古で50万円オーバーである(23年ほど前私が仙台で中古を個人売買で入手したとき値段は2万円でした。超お買い得。もちろんアクセル開ければ実出力50psを存分に堪能できるわけである(自主規制により最大出力45psと表記されていましたが、実力はさらに上である)。

同時期のオフロードバイクはほとんど残ってない。そちらもかなりの台数が売れてたのに。その残ってない理由は何か? どうやらエンジンがもたないのです。おそらく3万キロちょっとでがたがくる。フルメンテして使っても5万キロが限界。ヘッドが熱的に苦しくカムがかじりつき、キックアーム周辺から絶えずオイルが漏れ出し、そのオイル漏れはじきに車体全体に及ぶのだ(XT250Tで経験済み)。

なぜそうなるのか。ヘッドは空冷だから仕方ないとしましょう。例えばキックアームである。人間が体重を全部かけて踏み下ろす。ものすごい力だ。この圧を受けるのはギアを経て内部のシリンダーである。こちらも全力で反発する。その両者の上からの力を支えるその支点の位置にキックアームシャフトを支えるベアリングがある(この部分に加わる力の大きさは2倍)。

あの薄いクランクケースのその中に開けた穴ひとつが人間のフル体重とシリンダーの反力を支えるのです。あの薄い壁が支えるわけです。

こりゃ無理だ。かかればいいというエンジンだ。いずれその部分は故障する。もちろんその発想で車体全体が作られている。全体の寿命は限られる。

その発想が変わってきたのが1990年代半ばの時代です。オフロードバイクレーサーレプリカもセルモータを取付けはじめクランクケース周辺での自動スタートを可能にした。予期せぬ力で人間ががんがん蹴っ飛ばすより、計算された均一な入力でセルモータを回す方が、設計が容易であり機関の寿命も長くバッテリーやモータの追加分を含めてもさらなる軽量化が可能である。車体はファームに構築でき、ライフスパンも長くなるのです。

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この発想の延長できてるのが最近の自動車のエンジンスタートシステムである。スイッチを押すと起動するまでセルモータの操作を自動化するというやつだ。人間にセルモータを直接操作させると負荷が大きくなる。期待しないタイミングでモータのON/OFFが行われる。故障や負荷増大の直接の原因だ。そんな操作はマイコンに任せてしまった方がいい。何とこの辺をマイコンに任せる判断ができるまでこちらも20年近くかかったのだ。

不思議だ。マイコンなんて昔から存在していた。バイクブームの立ち上げと同時にその時代から格安であったわけだ。それらが合体するまで数十年間要した(使い道が発見されるまでそれだけの時間がかかった)。それらをつなげる実際的な天才は地上に存在しなかったのである。

※ その後、四輪車の寿命が二輪車のそれの数倍から十倍に及ぶことを知ってバイクへの熱は冷めていってしまった。愛着を持ちどんどん使用しても遠からずすり減ってしまうのである。使うと消しゴムのようになくなる。週末ツーリングとか目的を遊びに限定するならいい。デイリーワークで使うなら寿命は数年(※現在では昔より伸びてるとは思いますがそれでも四輪車より原理的に短い)。これでは50万円以上する中型バイクが過去のように売れるのは無理である(30万円台なら価格的に競合し得ると思います)。

※ キックスタートが「おかしい」と感じるようになってきたのは自分でCADで部品設計し始めてからです。それまで感覚としてわからなかった。3Dプリンタで出力し強度確認等はじめてから「これは持つわけねえ」というのが皮膚で感じられるようになった。どの部分にストレスがかかるのかみえてきた。これはすごい。子供たちはどんどん3Dプリンタでものづくりはじめるべきです。