ある商品の出来の良さに感動する。

使ってみるまでわかりませんね。とあるものの購入を目指していたのですが、なかったので代替物を買った。値段は2500円。しかしこれがおそろしく良いのだ。

一回使って「何これ!?」と思った。不安を感じてる部分を問題ない水準までサポートする。意外だった。いろいろと正確である。容積体積はそれなりに消費するが必要ある故の消費である。

凄いなーこういうの作れるんだ。

深く驚いてしまい企業努力にも感動した。一時期かなり売れた商品ですがおそらく見つけたら買いです(本来の目的で使えるのかどうか、結果が出るまで内容の記載は控えます)。

軽商用車を乗り比べる。ダイハツいい・・ クラシックな回転馬力的なエンジンは現在が最後の買い時であるかもしれないことについて。

実際に乗らないとこういうのってわかりませんね。ダイハツの商用車まじでいい。

乗る以前のイメージとしてはスズキの方が優れていた。ワゴンRとかパッケージングが素晴らしいしアルトワークスはバイクのようにエンジンが回る(双方初期型。20年前です)。ダイハツはもっさりしてる。もーもーとエンジンがうなり、とろとろと動き、走るパイロンのようなイメージがあった。実際にそうだったのである。

いやあ現在は違うんだなあ。

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スズキのキャリイです。乗った瞬間自分が下手になってしまったのかと焦った。意に沿わない。エンジン回転とハンドル操作がばらばらだ。動きもいちいち変なのですが足元のポジションも変である。アクセルがブレーキとタイヤに挟まって三角形になってる。この変なのを操作するというのだろうか?

アクセルを踏むとオートマは2秒でシフトアップ。トルクがあるのだ。そのトルクを自慢する。しかしシフトアップしても低回転なのでレスポンスは悪い。ほとんど惰性で進む。この状態ではアクセルペダルを操作しても前後の荷重を変化させることはかなわない。

突き上げがひどい。常時跳ねてる。その跳ねがタイヤに伝わるので四輪の感触がばらばらだ。カーブに入っても旋回中心がどこにあるのかわからない・・

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ハイゼットカーゴ乗って爽快さに感激しました。スズキと全然違いますねこれ。素晴らしい。

乗車自体が先ず楽。人間の動線が自然である。ポジションが高くて見晴らしがいい。ガラスの開口面積が大きくて車内は開放感にあふれてる。このガラス面積の大きさはコストや車重に直接に跳ね返るので近年はどの車も窓ガラスを小さくしてるのですがハイゼットカーゴは古典的だ。ちゃんとした窓ガラスである。私はこの方が気持ちいい。

ペダルの位置もスズキより自然である。乗車位置が数cm後ろだ。その分車内は狭くなる。運転席の居住性を優先した結果である。

アクセルを踏む。トルクは薄い。回転は即座に上昇する。1速でするすると走るのだ。1速で引っ張ることを嫌がる人がいますがどうなのだろう? エンジン自体回るのを嫌がらない。小排気量のバイクみたいだ。ドライバーは加速時にこの回転とつきあうことになる(「うーーん」とエンジンをうならせる。53PS/7200rpm。このエンジンいい・・)。もちろんミリ単位のペダル操作で前後の車軸にかかる荷重をコントロールできる。

そして車道に出るとずっしりした車重と位置の分かるタイヤでのしのしといのししのように進むのだ(サスペンションは柔らかすぎません。これくらいでいい。乗り心地がいい。交通事情的に見てもコーナーより直線の方が多いのだ)。

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やばいです。ダイハツいい。自分的には絶対にダイハツ。車内の広さやエンジントルクや燃費や年式では測れない何かがある。

※古いアメ車に乗ってましたが似ています。アメ車も排気量は大きいのですが回転馬力的な性格があってひゅるる~と回して乗るのです(※なので燃費が悪い)。私が DODGE で乗り付けると新井モータースの先代はしみじみと語る「乗るといいんだよねえ!」。初代ユーノスロードスターよりほめるのである。現在の日本車が指向する方向性と異なる向きが確かにある。

自動車を買うつもりもないですし買っても何かをするわけでもないのですが、将来的に消えてしまうのは惜しい。モデル末期に近いという話もある。現在のハイゼットカーゴが燃費や積載量を考慮してスズキと同じ方向に進まないとも限らない。

スズキは燃費と車重を優先して非人間的な方向へと向かってしまった。単なる道具。楽しくない。ダイハツは根源的な楽しさを残してる。しかしその車重やガラスや高回転型エンジンは現代では批判されてしまうものなのだ。

※ネット上では素人レビューアが好き勝手書いてますがほんと酷い。数値の書き写しであって知的水準はゼロである。ところで驚いたのはこちらの記事だ。プロが試乗した結果なのだが全く同じで見てる点は共通してると思った。

https://motor-fan.jp/article/10008939?page=3

乗ってみるべきですよ。

プロジェクタを止める。プロジェクタのスクリーンに最適なものを発見する。

人間サイズの巨大レフ板出てきた・・

通称 ヨットの帆。生涯1回しか使わなかった。晴海のイベントに持ち込んだのですが風に吹かれてはためき、スタンドと一緒に引っ張られ、まるでウインドサーフィン。広い会場の中で右往左往してしまったのです。

ああ機材はコンパクトな方がいいわ。

プロジェクタで投影してみて新たな問題の所在を確認する。

手元にある Lightning VGA コンバータ では iPhone 5s でしか投影できません。iPad 2018 では無理。OSのバージョン違いが原因にあるのかその点についても不明。

困ったなあ。プロジェクタの光量は十分なんだ。この昼間でも普通に屋内で使えてる。

視認性も高い。机上のモニタとは比較にならない。純粋に理解を促す大きさである(画面の高さにおいて100cm以上が可能)。6畳間の奥行で70インチくらいかな?

こんな素晴らしい道具があるのに投影できないのはかなりつらい。Apple 純正品を買うか・・

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課題は他にもいろいろあります。プロジェクタの固定方法とか電源ケーブルのとりまわしとか。投影用スクリーンの調達とか。まああるのが普通ですけど。

本格的に動かすとなると室内の大改造が必要だ。悪の秘密結社の中央会議室なみの装備が求められる。

しかし出来たらマジで凄いな。ちょっとインパクトに驚いた。

※悪の秘密結社作戦の面白さについては自分でも度肝を抜かれてます。 

※自分では画面の枚数や解像度より単純な大きさを求めていたことに意外なほど驚かされています。f:id:losttechnology:20190818111139j:plain

 

宇宙戦艦。悪の秘密結社。X非効率について。

重要なのは夢の実現(夢のような空間の実現)である。

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エヴァンゲリオンて面白いですか!? 私はどうもそんなに楽しんで観れなかった。

なぜなら本部の指令室がパソコンルームであるからだ。みんな怒鳴りながらキーを叩いてる。内部は不穏な雰囲気だ。息苦しい空気に満ちてる。本来は状況判断をし、必要な指令を下して戦況を見つめる立場にある人々が、どういうわけかダイレクトにキーを叩いているのである。

そんな世界ってある!? いやあるのかもしれませんが。大昔の宇宙戦艦もののアニメとか艦橋や敵の本部などでは幹部はもっと重要な判断だけに集中してた気がする。手足を同時に動かせない。脳を動かすのはそれだけ負担が大きいのだ。

実際に作業をするとなると自分自身で末端まで処理しきれない。細々とした作業が続くと作業にのみ集中が奪われる。本業に集中したいのに、雑務が許してくれないのである。

実際の設計ルームではどうだろう?

例えば零戦。主任設計者の堀越二郎氏が図案を起こす。それに基づいて設計担当者が部品を図面に起こしてく。その強度や重量を見積もるのは計算室にいる計算メンバーだ。

算盤や計算尺を用いて現在のコンピュータのごとく計算する。そういう専任スタッフがいるのである。

数十人規模のメンバーだ。彼らが能力をふるう。主任設計者は彼らの能力に助けられている。それがなくては短期間で新機種を生み出すなどできるはずもなかった。

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悪の秘密結社ってすごいなあって思うわけですよ。映像的に見ていて楽しい。企画室も会議場もその構造はエンタテイメントに徹してる。あの場にキーボードが一列に列んでたらしらけてしまうって思うのだ。一方的なメールで伝達が済んでしまうと首領と幹部のやりとりも意味をなさないって思うのだ(悪の秘密結社における首領と幹部のオープンなやりとりこそこれらの物語の主要な骨格であります(ドクターヘルとあしゅら男爵のやりとり等。そのオープンなやりとりが視聴者に楽しさと感動をもたらす。悪を自称しながら現在の日本社会よりはるかに風通しのよい世界であった(アニメの中ですが)))。

判断下したりコミュニケーションとったりするにはオープンマインドとオープンな空間が必要である。

私が希望するのはキーボードを排除したそういう世界である。

※そういう、実利を排した演出過剰な空間が必要だって思うのですよ。現在の人々はモニタとキーボードさえあればそこで人は暮らせると思っている。会社が用意するのは個人を収容するそういうブースである。人々は1.5m角のそういう世界で労働し、そして家に帰ると1.5m角のそういう世界でゲームに浸るのだ。通勤通学では90cm角のスマホワールドである。

はぁ~あり得ないわ。

宇宙戦艦に乗りたい。悪の秘密結社で作業したい。これらは自由であって楽しい(※フィクションの中ですよ)。いまの若い衆が「高校・大学と頑張って頑張って勉強して、最後におさまるのがこの狭い会社のブースかと思うと、このブースで30年過ごすのかと思うと涙出てくる」と嘆いてますが、私は本当に同感です。そこは夢のゴールではないのである。

※本件は昨日記述した白昼草刈問題と同様の問題を提起していることに留意してください。現代の日本社会は非人間的すぎる。雇用形態や組織の意思決定構造が効率より非効率を優先するまでになっている(X非効率)。

※種々の業務を落札し自分が中心となって取り組んだことがあります。見積りを誤るとオーバーフローする。オーバーフローが一度起きると個人では収拾しきれない。だから最初から優秀なメンバーを集める。現在私がしていることは機械を中心とするロボット帝国の設立ですが、この場合中心にいる私は最後にはキーを叩いてはいけないのである。

爆笑!! 異様すぎる。手に持たない人間が操作しないパソコンは確かに快適さをアップする。

単独で使用するわけじゃなくて他の2台のコンピュータと併用して意味をもつのですが(これらはシステムとして連携し同一のソースを共有している)。

iPad。買ってよかった。アプリ1個しか入れず手にも持たず普段は触れもしないのですが。それが単独で突っ立ってるとなると爆笑だ。おもしろい。視界に入るわけじゃなく通路のその辺に立ってるんですよ。

持ち歩くわけじゃない。ただ画面があるだけだ。それが机の位置と関係なくその辺にある。犬や猫が随時位置を変えていくようにそこにある。ただディスプレイしているのです。

いやーこれはモーター仕込んじゃうべきかなあ。ロボットにして動かしてもいいなあ。ルンバみたいに。

※単一機能というのがいい。切り替えしないからタッチもしないのだ。コンピュータを操作するという面倒な点が削除されてる。それでいてキッチンのわきに置けるのである。たまねぎ刻みながらときどき脇目で見れるのである。素晴らしい。懐やバッグからいちいちタブレット引き出して屈んで見るその操作の反対です(FaceID 要りませんね。そんなのあったらかえって大変だ。いちいち「あの体勢」とらなくちゃならない。人間において最も間の抜けた様相を示してるあの体勢を)。

※起動時のタッチIDも楽にするために左に置いてます。右手を使いたくない。左手で十分。

※私は、人間がスマホタブレットを両手で抱えて猫背になってる姿勢を尋常じゃないと強く糾弾するものであります。

※懐からタブレットスマホ出して操作するとか人間として最も恥ずかしいシーンである。両手持ちとなると恥ずかしさは2倍。その恥ずかしい人々のビジョンが世の中で主流を占めている現在である。